ニノイ・アキノ・デーに考えること
本日8月21日はニノイ・アキノ・デーでフィリピンは休日です。ベニグノ・"ニノイ"・アキノ元上院議員がマニラ国際空港(現ニノイ・アキノ国際空港)で暗殺されたのが1983年のこの日。
奥さんのコラソン・アキノ元大統領が亡くなったのが今月1日。翌週の3日には、ウチのオフィスがあるアヤラ・ストリートでも棺のパレードがあり、大変な騒ぎだった。
(写真は新聞Makati Village Voiceから。5日の葬儀の際のパレードの様子)
全ての街灯に大きな黄色い垂れ幕がかかった中、きれいに装飾された大きなトレーラーに乗ってゆっくりと進んでいる。兵士4人に囲まれ、フィリピンの国旗にくるまれている。
近づいてくると、地響きの様なとてつもないどよめきと歓声、拍手が上がる。アヤラ・ストリートの高層ビルのそこら中から紙吹雪が降っている。こんなのは日本では見たことがない。一種の感動さえ覚える。マルコスの独裁を終わらせた事の意味の大きさ、人気の高さを初めて実感した。その一方で、フィリピン人が政治家に期待するものに違和感を感じる。政治不信の国、日本から来た日本人の方が異常なのだろうか?
経済的にはマルコス時代の方が良かったのだと聞く。コリー(コラソン・アキノ元大統領のニックネーム)はまじめすぎてダメだったと。だから、富裕層の人気は高かったが、貧民層、特に年配層の人気は意外となかったらしい。
黄色いTシャツを着て棺のすぐそばに駆け寄り、例のピープル・パワーのLマークを掲げる奴もいれば、ビルの中から腕組みをしてじっと見物している奴もいる。良く見ると、反応は様々だ。葬儀の5日は、地元テレビは一日中パレードと葬儀を実況中継していた。
コリーの「民主化」にもかかわらず、国民の95%は貧民層だし(99%と言う説もある)、貧富の差は信じられないほど大きい。東京に例えれば六本木と銀座と大手町を一緒にしたようなマカティでさえ、中心地を一歩離れれば、物乞いはいるしストリート・チルドレンもいる。夜は、ホールドアップされた時に備えておかないと、一人ではおちおち出歩けない。駐在経験の長い某氏に言わせれば「腐りきった」行政と治安はそのままなのだ。
不条理を実感する今日この頃ではある。
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